『 なぜ社長の話はわかりにくいのか 』 武田斉紀

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社内コミュニケーション・企業理念・企業文化に関わる書籍を紹介していきます。今回取り上げるのは 『 なぜ社長の話はわかりにくいのか 』 武田斉紀です。

 社内のコミュニケーションの担当者は、社長の代弁者、翻訳者となることも多いのではないでしょうか。前回は、コミュニケーションのターゲットである社員について考えてみることを提案しましたが、今回は最大の情報ソースともいうべき社長について考えてみたいと思います。

 ところで  『 なぜ社長の話はわかりにくいのか 』 というタイトルから、みなさんはどのような内容を想像しますか? この本の前半には “社長のみなさんへ” というサブタイトルがつけられていますが、その内容は実質 “理念経営”、最近よく使われる言葉でいえば “ウェイマネジメント” の手引きにほかなりません。その意味では、社長以外の方が読んでも十分に参考になるものになっています。むしろ、理念経営のマニュアルとして、たいへんコンパクトにわかりやすくまとまっているといえるでしょう。

 まず、社長の話がわかりにくい理由を、つぎの五点に整理しています。

(1)「伝えたいこと」が、そもそもはっきりしていない(整理の問題)

(2)「伝えたいこと」の優先順位が明らかでない(優先順位の問題)

(3)「伝えたいこと」がわかりやすく表現されていない(表現の問題)

(4)「伝えたいこと」を繰り返し伝えていない(意思の問題)

(5)「伝えたいこと」と目標・評価がつながっていない(日常とのギャップの問題)

 (1) から (3) までは、要するに 「 伝えたいこと 」 を、はっきりと、優先順位を明確にして、わかりやすい言葉で経営理念としてまとめなさい、ということです。(4) は、それを繰り返し語りなさいということ、そして (5) は、理念と仕事に一貫性が生まれるよう運用しなさいということです。こう書いてしまうと身も蓋もない感じですが、コンサルタントとしての経験に裏打ちされた理念経営の勘所というべきものが簡潔に記されています。

 いっぽう後半は “社長以外のみなさんへ” というサブタイトルがつけられ、社員が社長の言葉を理解することのメリットと、そのためのポイントが述べられています。

 社長には次の 「3つの視界力」 があり、これが社長と社長以外を隔てているといいます。

  • 高さ (Height) の違い ― 社長は、日常の現場から、部門全体、会社全体、業界全体、社会全体 …… を 「視界 」 としてとらえていて、一日に何度も瞬間的に行ったり来たりしている。

 話を聞いている社員にしてみれば、いまどこのレベルで話をしているのか、ときどきわからなくなります。これが社長の話がわかりにくい理由の一つです。これは社長に取材する機会が多いコミュニケーション担当のみなさんには、思い当たることがあるではないでしょうか。そのようなときには、「 お話の途中ですみませんが、社長は今、業界全体の視点でお話しになっているのでしょうか 」 などと質問することを勧めています。

  • 時間 (Time) の違い ― 社長は、一カ月後、半年後、1年後、5年後、10年後、そしてもっと先の時間まで行って現在を見ながら、最終意思決定者として予測し、決断をくだしている。

 しかも未来の予測には “正解” はありません。そのなかで決断をくだす苦しさは、誰もが想像できるでしょう。しかし、その本当の心情は社長になってみないとわからない。著者は 「社長と副社長の距離は、副社長と新入社員の距離より大きい」 といいます。しかし、一般の社員にも社長のもつ時間の視界力に近づく方法はあります。

  • スピード (Speed) の違い ― 社長は、「1日=24時間、1週間=7日間」であるのに対して、社員は「1日=8時間、1週間=5日間」、その差は約3倍で、社長のSpeedの視界は社員の3倍速。

 「私だって、1日=24時間、1週間=7日間の臨戦態勢で仕事をしています」 という社員もいるでしょう。ただ、Speedの視界が3倍速ということは、社員のやっている仕事のスピードは社長のイメージの3倍 “遅い” ということだそうです。これには、私自身少し考え込んでしまいました。

 それでは、社員がこの社長の視界を身につけ、言葉を理解するようになるには何をしたらよいのでしょうか?この本では、その方法についても著者の考えが述べられています。ただ、ここで紹介するのはちょっとルール違反かな、という気がしますので、興味をもたれた方は直接手に取ってみてください。

【今回紹介した本】
武田斉紀(たけだよしのり)著 『なぜ社長の話はわかりにくいのか』 PHP研究所,2009

追記:

 今回の東日本大地震について、個人的には次の二つの点で腑に落ちない思いをしています。

■現場のたくましさと、政府などの管理する側のたよりなさ・・・後者は、個人の資質や組織の体質に拠るというニュアンスで語られることが多いが、本当にそうなのか?

■日本人のモラルの高さに国内外から賞賛の声があがっているが、それはどこからきているのか?

 そんなときに、知人から勧められ

『災害ユートピア ― なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』レベッカ・ソルニット著(亜紀書房)

という本を読んでみました。上記の二点について上手く説明をしています。もちろん説明が上手くできることと、内容に信頼が置けるということは別ですが、私にはいままでに無い視点を提供してくれました。本文で語られる「利他主義」「相互扶助」「エリートパニック」のなどは、これから大切なキーワードになるように思います。

下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)