『制度と文化』 佐藤郁哉・山田真茂留

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社内コミュニケーション・企業理念・企業文化に関わる書籍を紹介しています。今回取り上げるのは 『 制度と文化 組織を動かす見えない力 』 佐藤郁哉・山田真茂留です。

「 学者侮るべからず 」 ――  ときどき、研究者の発揮する知力、バイタリティにうならされることがあります。今回紹介するのは、そのような一冊です。序文の冒頭を引用します。

《 ・ 日本の企業はなぜ横並びを選ぶのか?

   ・ なぜカタカナ語やアルファベットの頭文字を使った舶来の経営用語が流行るのか?

   ・ 企業の個性や独自性を強調するCI戦略やVI (ビジュアル・アイデンティティ) 戦略などのブームに乗るということは、実は、きわめて没個性的な選択なのではないか?

   ・ 革新的で独創的な発想にもとづく組織戦略と全社的な結束を重視する社風は、両立しうるか?

   ・ 企業風土改革の提案が往々にして社内から猛烈な反発をまねいてしまうのは、どのような理由によるのか?

 以上のような一連の疑問を解くための鍵は、全て、文化および制度という考え方の中にある》

 ここまで読んで、みなさんはどう思われましたか?難しい思考回路をお持ちの方には、こうした一連の疑問そのものがあまりに素朴で、悪い冗談としか思えないかもしれません。私にもちょっと違和感がありました。

 それにしても、二つ目の 「 舶来の経営用語の流行 」 については、揶揄する人が多いですね。「 カタカナ語を振りかざして、本人は思考停止に陥っている 」 といった具合に・・・しかし、それだって 「 カタカナ語をみたとたんに斜に構える、というパターン (思考停止) に陥っているだけ 」 なのかもしれません。そう考えると、このような素朴な問いに向きあうということは、意外にエネルギーがいることなのかもしれません。ちょっと話題がそれました。引用を続けます。

 《 この本では、文化と制度の観点から企業組織のあり方をとらえようとしてきた様々な組織理論について解説していく中で、右のような疑問をはじめとするいくつかの問いを探っていく。本書で紹介する組織理論は、次の四つのタイプに分類できる――

企業文化論

組織文化論

組織アイデンティティ論

新制度派組織理論

(中略) それまでの組織理論は、組織というものを、もっぱら業務を効率的に遂行することを目標として設計され組み立てられた精密機械のような存在としてとらえがちであった。これに対して、右の四つの理論的パースペクティブは、組織が持つもう一つの側面、つまり独特の 「文化」 を生みだし、またその文化によって統制され集合体として生命を吹き込まれる場としての一面を明らかにしてきた 》

 このようにして、本書は四つの理論をめぐり、それぞれのメリットと限界、つまりどのような疑問に答えることができ、どのような疑問には答えることができないかを周到に読み解いていきます。何度も立ち止まっては後を振り返り、また同時に前を見晴らしながら読者をしっかりナビゲートしていく記述方法が、遠大な旅を思わせます。

 そのなかで、私個人にとっては “組織アイデンティティ論” が新しい発見でした。これは 「 集団的なまとまりや集合的なアイデンティティの基礎となっているのは、内集団と外集団とを区別する成員性の認知 (自分が特定の集団のメンバーであって、他の集団のメンバーではないという点に関する自己認識) それ自体であって、その他の諸要因 (共有された価値・目標や機能的な相互依存性やメンバー相互の魅力など) は本質的なところでは大して意味を持たない 」 という考え方です。

 要するに、アイデンティティという視点からみたときには、「 自分は〇○社の人間だ 」 という認知がまずあって、○○社らしさや、文化、風土などといわれるものは副次的であるということです。これは、互いにユニークな企業文化をもつと自負する二つの同業の企業が、客観的にみるとおどろくほど似ているということもありうるということです。私は、すっかり虚をつかれた思いで、その説明を読みました。

 しかし、この組織アイデンティティ論がこの本の結論ではありません。この理論についても、メリットと限界がていねいに腑分けされていきます。いま理念経営やウェイ・マネジメントがブームともいわれます。ときには、企業のもつ文化や理念の重要性を強調するあまり、それらを絶対視するような言葉を耳にすることがありますが、この本を読むと自ずとそうした見方も相対化されることでしょう。特に、私のように企業理念に関わる業務をしている人間には、必要なクールダウンだと思いました。

 筆者の行き届いたナビゲーションにもかかわらず、次々と押し寄せる概念にのみこまれて、私は何度か道を失いそうになりました。読む側にも、ある程度の知的なバイタリティが必要とされるといえるでしょう。夏休みなど、まとまった時間がとれるときに集中して読んでしまうのがお勧めです。

 【今回紹介した本】
佐藤郁哉 (さとういくや) 山田真茂留 (やまだまもる) 著 『制度と文化 組織を動かす見えない力』 日本経済新聞出版社, 2004

 下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)