『経営理念とイノベーション』 佐々木圭吾

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社内コミュニケーション・企業理念・企業文化に関わる書籍を紹介しています。今回取り上げるのは 『経営理念とイノベーション  あこがれを信じ求める力が企業を動かす』 佐々木圭吾です。
 
 この本のタイトル、“理念” と “イノベーション” とは、まさに企業理念の担当者である私自身が結び付けたいと願っている二つのことです。理念の活動を突き進めて行く先には何があるのだろうと考えたとき、それは新しい価値の創造であると思うからです。しかしどうなのでしょうか?これは担当者だからこその思い入れであって、一般の社員にとって企業理念はむしろコンサバティブなものであり、イノベーションとは相容れないという印象があるのではないでしょうか。そうであれば、このタイトルは別の意味でもインパクトがあるものかもしれません。そこら辺りの事情について、著者は次のような主張をしています。
 
 《普通に考えれば、企業のあこがれである経営理念や価値観が強ければ強いほど、時代の変化に合わせた改革が難しそうである。しかしながら、実際は逆に 「アイデンティティが確立しない限り、状況に合わせたうまい立ち振る舞いができない」 かのごとく、企業の存在意義を表すような根幹的な価値など変えてはならない経営の基本と、事業や組織の構造など時代に合わせて変化させていくべきものの峻別を行わない限り、思い切った変革の方向性は打ち出せない》(一つ目の文章には明らかに誤字があったので引用では修正しています。この本は著者が気の毒になるくらい誤植が多い)
 
 もう一カ所、理念担当者として 「これを言って欲しかった!」 というところを引用します。
 
 《 経営理念をまとめようとする取り組みの中で、「抽象的になって、具体的な行動に結び付きにくい」 とか 「我社として他社との差別化ができてない」 などの声を耳にすることが多い。結論から言えば、経営理念のエッセンスは普遍的で絶対的な価値にある。それゆえ文言は抽象的にならざるを得ないし、他者 (他社) との比較という意味での相対的価値を表現しにくいのである。むしろ経営理念にとって抽象性や絶対性は極めて重要な特性である 》
 
 実際に同じ業種で各社の理念の文言を比較すると、びっくりするくらい似ていることがあると思います。内容はほとんど同じ・・・しかし、言っている順番、優先順位や、言葉遣いといった表現に近いところに、その会社らしさのようなものが漂ってきます。最近は、理念をベースに 「我社らしさとは何か?」 を議論する会社もあると聞きます。文言はほとんど同じでも、具体的な実践と、その積み重ねである歴史が異なるので、そのような議論が成り立つのですね。
 
 そのほかに 「よい経営理念とは」 というタイトルの節で紹介されたカナダの先住民族の話しが印象的です。その部族では獲物が居なくなるとオラクル (預言者) に獲物の居場所を尋ねにいきます。オラクルの預言は、客観的な裏づけがあるわけではありません。では、どうしてそれが有功なのでしようか?
  
 《 下された預言が正確に当たっていなくても、皆がオラクルを信じて動き、動けば何かが見え、新しく見いだされたリアリティ (現実) に現場が対応するということである (中略) すなわち、未来の予測が当たるか、外れるかは理念や戦略の優劣の基準ではない。皆が信じて心を落ち着けて行為を起こせるか否かが優れた理念や戦略かそうで無いかの基準となるのである。
 もうひとつは、あまり具体的なことを指示すると適応範囲が減るということであろう。現状の事業範囲や成功パターンにのみこだわって限定的で短期にしか持たないような経営理念は機能しない。解釈の創造性を刺激するような、自由度も極めて重要である 》
 
 本書の骨格に触れないまま引用ばかりをしてきたようですが、この本は、経営理念が健全な経営や企業の成長に及ぼす影響のメカニズム、つまり “理念経営のロジック” をきちんと説明したいという意図から生まれたといいます。
 筆者は、経営理念を企業経営上の 「あこがれ」 としていますが、これは非常にユニークな定義だと思います。そして、理念と 「経営組織」 「経営戦略」 との関係を解き、後半でタイトルにもある 「イノベーション」 との関わりについて論じます。
 
 全体を通じて、理念について思い切った仮説を提示し、それを具体的な事例で説明 (実証) するというアプローチをとっています。現実の事例は、環境や意思決定者の個性などいろいろな要素を含むため、必ずしも理念の実証になっているとはいえないように感じます。もっともこれは私の読み方であり、具体的な事例の分かりやすさをとる読者もいると思います。
 
 些事かもしれませんが、先に述べたように誤植が多く、また文章の重複もあり、十分な編集がなされないまま世に出たという印象があります。その意味で、一冊の本として勧めるのはためらわれますが、筆者の果敢な仮説には耳を傾ける価値があると思います。
 
 【今回紹介した本】
佐々木圭吾 (ささきけいご) 著 『経営理念とイノベーション   あこがれを信じ求める力が企業を動かす』 生産性出版,2011

下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)