『経営理念の浸透』 を読む 第1回

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高尾義明(たかおよしあき)・王英燕(おうえいえん) (2012) 『経営理念の浸透――アイデンティティ・プロセスからの実証分析』 有斐閣

この本が画期的だと思うのは、これまでの研究では “組織全体” としての理念浸透に焦点が当てられていたのに対して、経営理念を実際に体現すべき “個々の従業員” をも考察の対象にしていることです。これは実務担当者の実感としては大きな違いです。これまでの理念の浸透を扱った書籍では、対象となる社員を大きな均質のマスとして捉え、それに対してどのような施策を実施すると理念は (あたかも一様に浸透するかのように) 浸透するのか、という記述がほとんどでした。ところが、実際にいろいろな活動をしてみると、理念に対する感じ方――距離感の大小とか温度差とかいわれるもの――は、従業員一人ひとり異なっており、なおかつ職場によってもずいぶん違うということを肌で感じます。そうすると、どこにでも、誰にでも通じるような有効な施策があるというような記述が、にわかに現実離れをしたものに感じられるのです。

また、これまではどういう状態をもって “浸透” したといえるのか、という基本的なところで、それなりの記述はあるものの、徹底して考えたという痕跡を感じるものは少なかったと思うのですが、この本ではそこのところの定義に大きな紙数を割いています。この点も、大きく評価されるべき特長だと思います。それでは、冒頭から順番に内容をみていきましょう。

序章-経営理念浸透の探求に向けて

 1-経営理念の重要性と浸透の難しさ
■     かつては 「自戒型」 の経営理念が多かったが、「方針型」 の経営理念が増加してきて、それにともない経営理念を体現すべき対象は経営者のみならず、組織成員全般になった
■     2008年9月の時点で、東証一部上場企業の4分の3以上が自社の経営理念をホームページなどで公開している
■     国の内外で経営理念の研究の蓄積があるいっぽうで、経営理念には激しい批判もある
■     その批判の多くは、経営理念そのものに対してよりも 「組織内に理念を浸透されることは難しい」 ということを前提に、その有用性に対して疑問を投げかかるもの
■     その他に、社長室の飾り物になっている(形式化・形骸化)、従業員が自社の経営理念を知らない、理念と実際の仕事との葛藤、理念を体感できるような経験が少ない、といったことも挙げられている
■     まとめると、経営理念の浸透、とくに一般従業員における浸透の難しさがクローズアップされてきた、といえる

2-新たなアプローチの必然性
■     従来の多くの研究は、“組織単位” での経営理念の “定義、機能、内容の構造” などに注目
■     “個人の視点から” 経営理念を取り上げたものはまだ多くない
■     経営理念 “浸透” の重要性はたびたび指摘されてきたものの、学術的研究の蓄積は少ない
■     そこで、“個人の視点から” 経営理念の “浸透” を取り上げられるための新たな理論的アプローチを模索
■     2008年から2010年までの3年間5社で大規模な調査を実施
■     その結果、「経営理念への共感」 と 「経営理念に基づく行動」 との間にはギャップが大きいことなど、自社の経営理念に対して共感をしながらもなかなか行動に反映されない実態が明らかになった
■     同じ会社のなかで、経営理念に強くコミットしている人もいれば、あまり内容を知らない人も存在することが改めて確認された
■     そうした現状を正確に把握するには、ミクロ的な視点で経営理念の浸透次元やそのダイナミズムを捉える必要がある
■     しかし、組織文化論に基づいたこれまでの議論では、経営理念の浸透の難しさやダイナミズムを説明することはできない

最終項目の組織文化論については、それはどのようなものか、またなぜそれが問題を扱えないか、という学術的な説明がなされていますが、ここでは省きます。ここらあたりの記述は、組織論などのアカデミックな知識の積み重ねがないと十分に理解できないと思います(私には歯が立ちませんでした)。また以下の内容も、同様の理由で見出しのみをここに書き起こします。

3-研究目的と研究方法の特徴
3.1     理念浸透の複雑性の解明
3.2     浸透メカニズムの探求
3.3     従業員の組織行動との関係性の検証
3.4     研究方法の特徴

4-本書の内容
4.1    各章の概要
4.2    調査協力企業の概要

*次回に続きます。文責はもちろんですが、内容の理解・解釈の責任は全て下平にあります。ご質問やご指摘がありましたら、ぜひお知らせください。

下平博文
IABCジャパン理事 (花王株式会社)