『経営理念の浸透』 を読む 第4回

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今回の第3章は、理念が行動に移されるためには、何が重要かについての考察です。これまでと同じように、あまりに学術的だと思われる記述は省き、その場合は見出しのみ書き起こします。また学術的な用語は、見出しではそのまま生かしますが、内容の要約(■の部分)ではできるだけ普通の言葉に置き換えるようにします。

第Ⅰ部 経営理念浸透の複雑性

第3章-理念への行動的関与

1-はじめに
■     前章の結果により、理念浸透が情緒的共感、認知的理解、行動的関与の3次元で構成されていることがわかった
■     なかでも理念の実践といえる理念への 行動的関与 はとりわけ重要である
■     しかし 理念志向的企業 においてすら、理念への 行動的関与 は高いとはいえない水準
■     本章では 行動的関与 を中心に取り上げ、それに 認知的理解 と 情緒的共感 がどのように関連づけられるかについて検討する

2-多元的構造から見る理念浸透の難しさ
2.1    各次元での理念浸透
■     調査の結果、理念への 行動的関与 の難しさと、情緒的共感 と 行動的関与 とのギャップが明らかになった
■     理念浸透の指標として、理念を行動や意思決定において実践しているか否かは非常に重要である
2.2    行動的関与の位置づけ
■     行動的関与は、認知的理解 と 情緒的共感から直接的に影響を受けると考えられる
■     組織成員性が、認知的理解 と 情緒的共感との交互作用を通じて 行動的関与 にも影響を与えていると予想される
「組織成員性」 という術語が出てきましたが、大雑把に言えば私たちが 「組織への帰属意識」 と呼んでいるものと近いと思います。
2.3    行動的関与の意味合い

3-認知的理解と行動的関与
■     経営理念は抽象的な文言によって成り立っており、矛盾する複数の解釈の可能性を含んでいることから、成員が自らの理念の意味を吟味し、主体的に理解することが肝要となる
■     いいかえれば、組織構成員の受け止め方に大きく依存するがゆえに、成員自身で他人にもわかりやすく説明することができるだけの深い理解も重要となる
■     認知的理解 の高い従業員は、理念についての解釈が矛盾するケースで、最も適した選択肢を選ぶ能力を身につけていると考えられる
3.1 理念的カテゴリーの抽出と統合
■     経営理念は、複数の理念的カテゴリー (理念によって主張される社会カテゴリー) によって構成されていることが一般的である
■     これらの社会的カテゴリーには次のようなものがある
・「食品」 「通信」 といった特定の事業分野を示すカテゴリー
・「顧客重視」 「技術発展」 といった戦略性を主張するカテゴリー
・「地球環境保護」 「人間社会のため」 といった普遍的価値観を表明するカテゴリー
■     こうした複数の理念的カテゴリーを抽出し、さらにそれを統合的に把握するには理念への 認知的理解 の高さが求められる
■     理念への 認知的理解 の高い人は、理念の抽象的な内容を咀嚼し自らの言葉で表現することができるからこそ、具体的な行動に取り組む可能性が高くなると考えられる
3.2     状況的手がかりの読み取り
【仮説3-1】 経営理念の内容への 認知的理解 が高いほど、理念を反映する 行動的関与 が高い。

4-情緒的共感と行動的関与
■     理念への共感は、組織の公式的アイデンティティである理念を受け入れ、自らの個人アイデンティティの一部に取り入れることを意味する
■     理念への 情緒的共感 の高い人は、理念への 行動的関与 も同様に高いと考えられる
4.1     ポジティブな自己概念の喚起
■     理念のなかに反映されている社会的カテゴリーには普遍的な価値を表すものが多く含まれており、それが個人のポジティブなアイデンティティをもたらすことにつながりうる
■     さらに普遍的価値である理念に賛同することによって、「誇り」 「自尊心」 「自己効力感」 が生まれる可能性がある
■     たとえば、誠実・公平などの内容が理念に盛り込まれていれば、個人も自身がモラルの高い組織の一員としての誇りを感じる
■     ただし、理念が実態を反映していることが重要な条件であり、そうでなければ理念を虚偽と捉えるため、ポジティブな自己概念の喚起は難しくなる
■     理念に 情緒的共感 を覚えれば、自己概念の一貫性を守るための行動、つまり理念を実践する方向で取り組むことになると考えられる
4.2 社会的カテゴリーへの合意
【仮説3-2】経営理念への 情緒的共感 が高いほど、理念を反映する 行動的関与 が高い。

5-組織成員性の影響
5.1 組織成員性の認知と情緒的側面
■     組織成員性 とは、集団への所属の認知から獲得される社会的アイデンティティであり、ある社会集団の成員であるという意識から得られた個人の自己定義である
■     大きな不祥事を起こした場合など、組織への所属の認知だけでは成員にネガティブな効果をもたらすことがあるので、組織への所属を強く認知し、かつこの所属に対してポジティブな感情を抱くという意味での 「ポジティブな組織成員性」 が理念への 行動的関与 にどのような影響を与えるか検討する
5.2     個人における組織アイデンティティの顕著性
5.3     組織成員性のモデレータ効果
【仮説3-3a】経営理念への 認知的理解 による理念を反映する 行動的関与 への効果は、ポジティブな組織成員性が高いほど強い。
【仮説3-3b】経営理念への 情緒的共感 を反映する 行動的関与 への効果は、ポジティブな組織成員性が高いほど強い。

6-仮説検証と検証結果
6.1     調査データと変数の説明
6.2     各変数間の相関関係
6.3     重回帰分析の結果
6.4     組織成員性との交互作用の効果

7-理念を反映する行動関与を高めるための実践的含意
■     理念の内容をはっきりと捉え、深く理解しているような 認知的理解 の高い人や、理念への 情緒的共感 の高い人ほど、理念への行動的関与 が高いことが明らかになった
■     その度合いは 認知的理解 > 情緒的共感
■     その理由としては、認知的理解 の方が 情緒的共感 よりも、主体的な関わりを含んでいるためと考えられる
■     以上の理解をふまえると、理念への 行動的関与 を高めるためには、高水準の共感を維持しながらも、自社の理念とは何かをしっかりと従業員に “理解” してもらうことが肝要になる
■     一般的な啓蒙活動にとどまらず、理念のことを “自分の言葉で” 捉えたり、理解したりするといった、組織成員個人の主体性を重んじた取り組みも必要となるだろう
■     また、ポジティブな 組織成員性 が高ければ、理念を反映する 行動的関与 が高くなることも明らかになった
■     ただし、部門の壁が高い、個人間の競争が過剰に促される、就業形態が多様化する、などの要因によりポジティブな組織成員性が弱まる傾向がある場合、組織成員性を高めることを模索する必要がある

8-まとめ

*次回に続きます。文責はもちろんですが、内容の理解・解釈の責任は全て下平にあります。ご質問やご指摘がありましたら、ぜひお知らせください。

本のデータ:
高尾義明(たかおよしあき)・王英燕(おうえいえん)(2012) 『経営理念の浸透――アイデンティティ・プロセスからの実証分析』 有斐閣

下平博文
IABCジャパン理事 (花王株式会社)