PRの定義

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ここで少し、日本でパブリックリレーションズ(PR)がどのように定義をされているのかみてみましょう。あたるのは、日本のPRの教科書としてもっとも一般的と思われる 『広報・PR概論』 (日本パブリックリレーションズ協会編)です。

《アメリカのパブリックリレーションズのテキストとして定評があるカトリップらの 『体系パブリック・リレーションズ』 では、パブリックリレーションズをつぎのように定義している。「パブリックリレーションズとは、組織体とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し、維持する機能である。」 ただし、<相互に利益をもたらす関係性> というと、すぐ利害・損得関係を考えるかも知れないので、つぎのように付け加えておきたい。「企業、行政、学校、NPO等あらゆる組織体が、その組織を取り巻く多様な人々(現在ではその組織となんらかの関係のある人々をステークホルダーと呼ぶ)との間に継続的な“信頼関係”を築いていくための考え方と行動のあり方である。」》

《企業の広報・PR部門に即して広報・PRの定義をすると 「社内外との双方向コミュニケーション活動によって、常に変化する企業環境に適応していくこと」 ともいえるだろう。》

この記述から、これまでにみてきた 『体系パブリック・リレーションズ』 が、日本においても、基本的な文献として扱われていることが確認できます。

いっぽう次のような新聞の表記はいかがでしょうか?2013年5月6日(月曜日)日経朝刊(地域総合面)の記事です。

《「自虐」PR、地方に光 ―― 攻めの姿勢で認知度向上
地域のブランド力を高めようとする自治体のPRに変化が生じてきている。「おしい!広島」「県名よりも出雲大社の方が有名」――。自虐的ともいえる取り組みが徐々に効果を出してきているためだ。大河ドラマなどをきっかけとした受動的なPRが多かった広報戦略が、ときには県民から反発を受けるほどの「攻め」に転じてきた。》

この記事のPRは、ほとんど宣伝と同じ意味で使われています。それはPRの一部ではあるけれど、「双方向コミュニケーション活動によって、常に変化する環境に適応していくこと」 という本来の意味からすると、あまりに表層的であるといえるでしょう。しかも、これは日本経済新聞という、企業にとって影響力の強いステークホルダーの記事です。そこがこのようなPRの使い方を、いまもってしているということは、考えてみればかなり不思議なことです。どうしてこのようなことが起こっているのでしょうか?