『経営理念の浸透』 を読む 第6回

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今回は 「理念浸透施策」 についてみていきます。実務担当者には、もっとも関心の高い領域の話しではないかと思います。これまでと同様に、あまりに学術的だと思われる記述は省き、その場合は見出しのみ書き起こします。また学術的な用語は、見出しではそのまま生かしますが、内容の要約(■の部分)ではできるだけ普通の言葉に置き換えるようにします。

第Ⅱ部 経営理念浸透のメカニズム

第5章-組織的施策の効果と職場要素の影響

1-はじめに
■     理念浸透に影響を与える重要な要素の1つに、組織的な理念浸透の取り組み が挙げられる
■     組織的取り組み の実施状況を通じて、組織成員は組織の経営理念に対する真剣さを推測することもある
■     組織的な取り組み が継続的に行われていたとしても、個人に対する影響が同じであるとは限らない
■     本章では組織的施策 だけではなく、職場環境の要素に対する個人の認知や、個人そのものに関わる要素も取り上げ、これらがいかに個人の理念浸透に影響を及ぼしているのかについて検討を行う

2-理論的フレームワーク
■     「個人の理念浸透」 について 「個人要素」 と 「職場環境要素」、そして 「組織的浸透施策」 の3つの側面から考えていく

3-個人要素と理念浸透
3.1 管理職と非管理職による違い
【仮説5-1a】管理職は非管理職よりも理念浸透の程度が高い。
3.2 組織成員性
【仮説5-1b】組織成員性の高い人ほど理念浸透の程度が高い。
以前にも記しましたが、「組織成員性」 とは、私たちが普通に使う 「組織への帰属意識」 に近いものです。
3.3     情緒的コミットメント
【仮説5-1c】組織に対する情緒的コミットメントの高い人ほど理念浸透の程度が高い。
「情緒的コミットメント」 とは、個人の組織に対する忠誠心、組織のために努力する意欲、組織に留まろうとうす欲求 などが含まれるとのことです。

4-職場環境要素と理念浸透
【仮説5-2】職場における理念への関心が高いほど個人の理念浸透の程度が高い。
理念への関心が高い職場 とはどのような職場か、ここでは明確に定義されていませんが、具体例として 「職場で理念について 議論されたり話題に上ったりすること」 「個人が難しい局面に際し判断に迷っているときなどに、職場において理念関連の状況的手がかりが発信される」 などが挙げられています。何となくわかります。理念が全く省みられることのない職場の反対の状況といえるのでしょう。

5-組織的施策の分類
5.1 理念浸透施策の分類
■     本書で取り上げる 第1の浸透施策は 「理念の教育・アピール」
■     具体的には、管理職・一般社員・新入社員などを対象にした 「研修・教育」、理念の唱和活動、 「パンフレットやカードの配布」 などである
■     本書で取り上げる 第2の浸透施策は 「理念に基づく行動評価」
■     これには 「報酬や昇進」 における理念の反映、理念に違反した社員の 「懲罰」、理念に基づいて努力する社員の 「評価」 などが含まれる
5.2 理念の教育・アピールによる効果
ここで言及されているのは、いわゆる 「理念の浸透施策」 であり、実務担当者にとっては最も関心の高いところだと思います。それにも関わらず、実務で使う言葉と、学術的な言葉との乖離が最も激しいところでもあります。そこで、下平の文責によってかなり自由にパラフレーズをします。
(a) 構築された理念的カテゴリーの共有
■     理念が従業員に共有されるためには、理念関連の教育 は欠かせない
■     理念関連の教育・研修や パンフレットの配布などの 「啓蒙活動」 によって 理念の正確な理解を促す
■     そうした活動も 一度行うだけでは不十分であり、組織的に繰り返し 継続して行うことが求められる
(b) 組織的アイデンティティの集団的意味づけと再解釈
■     理念が共有されたとしても、その示すところは抽象的であり、組織成員個人が自ら意味を咀嚼しなければ自分のものにならない
■     多くの組織成員は日常的業務に追われ、理念に沿った行動とはどういうものか、自分はどうやって理念を実践すればよいかを自発的に学習していくことは容易ではない
■     そこで、理念関連の 「教育・研修」 により学習の場を設けることに意味がでてくる
■     組織のアイデンティティは、持続性がある一方で、緩やかに変化する
■     そうした緩やかな変化は、理念などの言葉の変更ではなく、再解釈を通じて行われることが多い
■     理念についての 「教育・研修」 は、そうした意味の再解釈や再構築のための組織学習の場となりうる
5.3 理念に基づく行動の評価
(a) 公式的組織アイデンティティの中心性の維持
■     従来の理念浸透施策の検討においては、「選抜、評価、昇進基準」 への理念の重要性が強調されてきた
■     理念に基づく行動を評価し、理念実践を人事評価に反映させるなどの組織的努力が大きな効果をもちうる
■     人々は、どのような行動が社内で評価されるかを知ることで、組織が何を重視しているかを学習していく
(b) 模範社員の育成
■     理念の実践が評価された組織成員が 上位の階層に昇進しやすい構造になれば、そうした人たちが模範社員とみなされ、他の組織成員に影響を及ぼすことによって、他者の理念浸透を高めることも期待できる
■     ただし、理念と評価を関連づけることは、ネガティブな側面をあわせもつ可能性もある
■     真剣に理解しなくても、理念を大事にするように見せかけるような 「印象マネジメント(impression management) 」 に組織成員が走ってしまう可能性
■     模範社員の行動が模倣されるばかりで、個々の成員ごとの咀嚼が十分深まらず、表面的な浸透にとどまる可能性

本文からは少し外れますが、ここで実務担当者として私が強く感じていることを記します。それは上記のように、「理念は常に再解釈されるべきものである」 ということです。企業理念は、時として 「憲法」 にもたとえられるように、普遍的・不変的であり、解釈の余地も少なく、どちらかというとルールやマニュアルに近いもの、という印象があるかと思います。こういった印象評価は、理念共有に対する心理的な抵抗や反発につながる傾向にあり、実際に活動を進めていくうえで、けっこうな障害になることを実感しています。しかし企業を取り巻く環境は常に変化していますし、企業自体も激しく新陳代謝をしています。理念の解釈は、そうした変化に対応して絶えず更新され続けなければいけない、というのが私の考えです。たとえば 「豊かな生活」 などといった抽象的な言葉が理念でうたわれている場合、それは 「誰の、どのような生活を指すのか?」 という問い掛けと解釈を経なければ、実践にはつながりません。 そのときに、その解釈は時代とともに、マーケットとともに変わっていくことに気づくのではないでしょうか。答えやマニュアルではなく、「問い」 として理念をいかにリアルに活用してもらうか――それが理念をめぐる活動の大きなポイントではないかと考えています。

*次回に続きます。文責はもちろんですが、内容の理解・解釈の責任は全て下平にあります。ご質問やご指摘がありましたら、ぜひお知らせください。

本のデータ:
高尾義明(たかおよしあき)・王英燕(おうえいえん)(2012) 『経営理念の浸透――アイデンティティ・プロセスからの実証分析』 有斐閣

下平博文
 IABCジャパン理事 (花王株式会社)