『世界で戦える人材の条件』 渥美育子

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これくらいタイトルが内容を裏切っている本は珍しいと思います。タイトルから想像されるよりに、はるかに深く、濃い内容が記されています。筆者は、30年にわたって米国で異文化マネジメントの研修の会社を運営してきました。彼女の仕事の源泉に触れるためにも、少し長いですが、「文化のメガネを体験する」と題された節を引用してみましょう。
《二年間に及ぶハーバード大学でも研究生活をあと数カ月で終えようというとき、ボストン郊外にある英会話学校から「大企業の幹部が日本支社の社長として東京に赴任するので特訓をお願いできないか」というリクエストが来た。有名な写真フィルム製造会社の副社長と、インド人の計理士であった。
それをきっかけに、当時、ハイテク企業が密集していたボストン郊外の「ルート128」と呼ばれる地域の大企業や、ベンチャー企業の重役たちと話をする機会を得ることになった。
彼らと対話して驚いたことは、その米国中心的な態度や発想。仕事で外国に行っても自分たちのやり方が普遍的なものだと信じ込んでいて、「現地の人たちはまったくモノがわかっていないよ」と文句を言いながら帰ってくる。
どこの国の人も多かれ少なかれ自国中心の考え方でビジネスをしているのだろうが、ここまでひどいのは問題だ。いったい何が根本的な原因なのだろうかと考えた。
考え付いたのは「文化」というものであった。
ビジネスの世界に「文化」という概念を持ち込むのは、当時としては非常に珍しいことであった。
当時、文化といえば料理やファッションのこと、日本でいえば茶道や歌舞伎といったものだ。ビジネスは利益を追求する真剣勝負で、文化のような軽い遊びとは別物と考えられていたのである。
この考え方こそおかしいのではないか、私はそう思い始めていたのである。
私がたどり着いた結論は「文化」というものであった。どんな文化のメガネをかけて見るかによって、世界は違って見えてくる。同じ資本主義社会だったとしても、文化が違えばマネジメントの種類も変わってくる。だから、世界の文化の多様性を真剣に解明し、マネジメントの仕方が国や文化圏によってどう異なるかを理解しなければ、グローバルビジネスはできない。
米国企業の幹部に欠けている「異文化のマネジメント」を提供する研修会社を作ろう、そう思い立ったのである。ソ連の崩壊、つまり本格的なグローバル化が始まる10年ほど前の話である》
このように1983年9月に会社を起こし、最初は米国企業に、そして徐々に欧州などのグローバル企業にクライアントを増やしていきました。そのなかで、「文化の世界地図」や「グローバルナビゲーター」といったツールの開発に成功しています。これらツールの一端は、本書の中でも触れることができます。
「世界の文化地図」においては、世界の人々の“心の構図”を、価値の中心を何に置くかによって大きく次の三つのコードに分けています。コード(code)とは社会のルールの基盤です。
■ルールとノウハウに置く社会=リーガルコード(Legal Code)
■人間関係に置く社会=モラルコード(Moral Code)
■神の教えに置く社会=レリジャスコード(Religious Code)
ポイントは自国のコードは何かを理解し、そのコードの良い点とそうでない点を自覚すると共に、他のコードの理解も進め、少しずつでも自分のなかに取り入れることです。これだけ読むと、数多くあるステレオタイプの一つに過ぎないと思われるかもしれません。そこで、それを補うのが「グローバルナビゲーター」です。これは国ごとに、人々の動機づけ(プラス)の要因となる文化的要素と、反発(マイナス)の要因となる文化的要素を併記し、あわせてそうした要素を生み出す背景となった歴史的な出来事(史的文化層)を列記したものです。
こうしたツールを使い、学ぶことによって、自分の考えも、相手の考えも相対化できる俯瞰する視点をもつことができるようになる。これがグローバルマインドの醸成なのです。そしてグローバル人材になるためには次の五つの「道(どう)」があるといいます。
道1 グローバルマインドを持つ
道2 〈文化の世界地図〉で、世界を俯瞰的に見る
道3 倫理とリーガルマインドを強化する
道4 日本のDNAを磨き、日本型グローバル人材を目指す
道5 二一世紀の学習方法に切り替える
うーん、こうして紹介しても、なんだかありきたりのノウハウ本の紹介みたいですね。
著者は大切なことについては自分の頭で、自分の言葉で考え尽くす人だと思います。これは、理想を実現してきた人に共通する特長ですね。したがって、いっけん凡庸な言葉で提示される概念にも、本文を読むとオリジナルだけが持つ迫力があるのです。が、こうして項目だけ抜いてもそれが伝わらない感じですね。残念です。

「世界で戦える」人材の条件 渥美育子 (PHPビジネス新書)

下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)