『戦略と実行』 清水勝彦
社内コミュニケーション・企業理念・企業文化に関わる書籍を紹介しています。今回取り上げるのは『戦略と実行 ― 組織的コミュニケーションとは何か』清水勝彦です。
6月1日のこの欄で述べたように、私の関心は職場でのコミュニケーションに傾いています。しかし、それは風通しが良いとか、互いの仕事を気にかける空気があるとかいったソフトな面ではなく、社員が動く (Act)、態度を変える (Change behavior) という社内コミュニケーションの“目的” に決定的な影響を与える場としての職場です。それにも関わらず、この職場について、これまでの社内コミュニケーションの議論があまり触れてこなかったということも問題として提起しました。
本書がこうした課題とどう関わっているのか、後ほど触れたいと思いますが、先ずは概要を説明します。本書は、簡単にいうと 「何故、戦略は実行されないのか?」 という問題意識から書かれた本といってよいでしょう。筆者はその要因を9つ挙げます。
a. トップの鶴の一声とあれもこれも (トップの思いつきと優先順位の不明確さ)
b. 時間・準備不足
c. 戦略が不明確 (具体性がない)
d. 実行と評価制度がリンクしていない
e. 責任が不明確
f. 部門間の対立
g. 納得度が低い
h. 片手間の実行
i. 情熱と本気度の不足
筆者は、こう並べた上で、驚くことに
「本当にそうでしょうか?」
という印象的なひと言を投げ掛けます。それは、実行されない “要因” ではなく、実行しない “言い訳” に過ぎないのではないか、といわんばかりに。
例えば 「c.戦略が不明確」 ですが、一般に具体的な戦略がトップから指示されれば、実行も成功するという見方があります。しかし、戦略とは一つの仮説に過ぎず、実際は事前の具体化には限界があり、むしろ試行錯誤を通じてそれは固まってくるのです。
こういわれてみると、こうした捉え方の方がはるかに現実に即していると思います。むしろあまり具体的な戦略が下ろされると、現場で考え仕事を創造していくという仕事の喜びも奪われてしまうような気がします。
同じように、「責任の所在が必ずしも明確でない」 ことも、「部門間に対立がある」 こともビジネスではいつもあることで、一々そんなことで怯んでいては実行がおぼつかないというのは、まさに実感です。
このように、筆者は「戦略は未完成、発展途上の仮説である」と考えています。仮説であるからには、絶えず現実からフィードバックを受け調整や修正を続けていく必要があります。コミュニケーションが重要な第一の理由は、このフィードバックの機能にあります。PDCAでいえば、Checkに当たるところです。もちろんそれには定量的、数値的なデータによるものもあるでしょうが、現場から肌感覚をともなってあがってくるものこそ貴重である、というのは多くのみなさんが同意されるのではないでしょうか。その現場からの声に耳を傾けることが大切であり、筆者は 「コミュニケーションは“聞く”ことから始まる」 と書いています。
また会議を通じたコミュニケーションについても、実にユニークな主張をします。会議では一般に次のような式が成立していると考えられています。
個人の持つ情報量 <(より多い) グループの持つ情報量の総和
この背景には、グループ各メンバーは、他人が知らない情報を持っており、個人の持つ情報量は、他人とのコミュニケーションによって増加するという期待があるといいます。
しかしながら現実には、グループのコミュニケーションの多くは、メンバーが既に「共有している情報」についておこなわれ、グループで話し合うことで 「合意が形成された」 と思っても、実は既にある合意 (共有している情報) を確認しているに過ぎない、としています。つまり、現実は次のようになります。
個人の持つ情報量 >(より少ない) グループで共有された情報量の総和
みなさんはどう感じますか?あまりにも斜に構えすぎでしょうか。しかし、自説に自信満々で、他人のどんな発言も全て自分の文脈で解釈してOK、という人 (私のこと?) と話すときはどうでしょう。そのような “自説から出られない” 人が大きな発言権をもつミーティングなど、何を提起しても、結局同じところをグルグルまわるだけ・・・という徒労感を味わうことにならないでしょうか。これは、後者のような式が成立している典型的なケースと言えると思います。ほんとうに自戒も込めて、それほど私たちは聞くことが苦手であり、これは意識して克服しないと直らない習性ではないでしょうか。
さて筆者は、戦略を実行に結びつけるためのコミュニケーションを、次の三つにまとめています。
1.戦略の “核” となる目的について合意する ― ここについては、徹底的に議論をして真の合意に達しておかなくてはならない
2.合意できない戦略施策についても、100%の力を投入するための“納得”を培う ― ここについては、「私の意見は違うが、そこまで言うならやるしかない、やりましょう」 と、相手が根負けをするくらいの情熱やしつこさが必要
3.実行の過程で新しく発見された情報を戦略に反映させる ― 先に紹介をしたフィードバックの機能
そして筆者は、情報や論理だけではなく、価値観・気持ちを伝えることこそ重要であるとしています。ポイントは、そのためのコミュニケーションは
“本質的に効率は悪い”
ということです。そして、予想されるように、フェイス・テゥ・フェイスのコミュニケーションを重視し、メールにさえ警鐘を鳴らします。社内報などのメディアについては、表層的な情報伝達ツールとしてかろうじて言及するのみです。いまどき、驚くくらいアナログな主張ではありますが・・・基本に立ち返れば、その通りだと私は同意します。
それでは、メディアによる社内コミュニケーションは、筆者の考えるように “実行” に関してあまりにも無力なものなのでしょうか?しかし、これはあまり意味のない問いかけであって、むしろこうした “実行” をサポートするために何ができるのか、そこからメディアの役割を真剣に考えてみることにこそ大いに価値があると私は考えています。
【今回紹介した本】
清水勝彦(しみずかつひこ) 著 『戦略と実行 ― 組織的コミュニケーションとは何か』 日経BP社,2011
下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)