『コミュニケーション・リーダーシップ』 佐藤玖美 

Member blog

社内コミュニケーション・企業理念・企業文化に関わる書籍を紹介しています。今回取り上げるのは『コミュニケーション・リーダーシップ』 佐藤玖美 日本経済新聞 です。
 これは見事なまでにマニュアルに徹した本というべきでしょう。著者の開発したコミュニケーションのフレームワークが紹介されていますが、本書の目的は読者がそれを実際に使えるようになること、その一点に絞り込まれています。コミュニケーションのフレームワーク(思考作業の枠組み)はいろいろあり、私自身その幾つかをかじっているに過ぎませんが、その範囲でいえば、ここで紹介されているフレームワークはかなり優れたものだと思います。
 このフレームワークは、■ビジネス・ゴール(BG) ■コミュニケーション・ゴール(CG) ■ 策定戦略 ■ 戦略的インペラティブ(SI) という4つで構成されます。「世界の最新医療機器をすばやく医療現場に届ける」という事例を取り上げながら、その内容を紹介していきましょう。

 まず事例とその背景ですが、日本では、世界で使われている最新の医療機器が使えるようになる(承認を得る)までに長い期間がかかるため、国内では受けられない医療技術があるという実態があります。こうした現状を変え、より多くの医師や患者のみなさんに先進の医療技術を利用していただようにする (世界の最新医療機器をすばやく医療現場に届ける) ためには、どのようなコミュニケーション戦略を立てたらよいでしょうか。

■ ビジネス・ゴール(BG)の設定
 ビジネス・ゴールとは、たとえば「売り上げを伸ばす」「シェアを拡大する」といった、ビジネスにおける目的(ゴール)です。言い換えるなら「誰にどんな行動を起こしてもらいたいか」を定めたものです。この例では、ビジネス・ゴールを「世界の最新医療機器をすばやく医療現場に届ける」と設定しています。それを達成するためには、誰に、どんな行動を起こしてもらう必要があるでしょうか。

■ コミュニケーション・ゴール(CG)の設定
 コミュニケーション・ゴールは、次の3ステップでたどり着くことができます。
  1. 上記の、誰にどんな行動を起こしてもらいたいか
  2. その行動を起こしてもらうためには、誰に何を理解してもらう必要があるか
  3. そのためには、誰にどんなメッセージを発信する必要があるか
 最後の「誰にどんなメッセージを発信するか」が、コミュニケーション・ゴールになります。このケースでは「国内では受けられない先進医療技術があることを、人々に理解してもらう」ことになります。

■ 戦略の策定
 次に、策定したコミュニケーション・ゴールをどのようにして達成するかを考えます。その際、筆者は戦略を次の4つに分類します。
  1. ドライブ (Drive) = 拡大戦略
  2. 差異化 (Differentiate) = 差異化戦略
  3. エンハンス (Enhance) = 付加価値戦略
  4. リポジション (Reposition) = 位置替え戦略
 この戦略の分類こそ、ある意味でこの本の売り物なので、ここで詳しく書くことは少しはばかられます。また、決して難しいものではないのですが、ひと通り説明するだけでもかなりスーペースが必要になりそうです。ぜひ本文に当たってみてください。

■ 戦略的インペラティブ(SI)の策定
 戦略的インペラティブ (Strategic Imperative) とはいかにも聞きなれない言葉ですが、戦略の遂行に不可欠な要素とのことです。このケースでは、次の4つが戦略的インペラティブになります。
  1. 治療後の生活の質の向上に大きく貢献する先進医療技術において、国内では受けられないものがあることを明らかにする
  2. 先端医療技術を提供する最新医療機器が国内で使えるようになるまで(承認を得るまで)に長い時間がかかることを明らかにする
  3. 患者や医師の体験談などを通じて、特定した事実を情報発信する
  4. 最新医療機器が承認を得るまでに長い期間がかかることを「デバイス・ラグ」と名付けて、広く発信する
 最初の戦略的インペラティブは、論点の特定にあたります。2つ目は、その論点の根拠となる事実や、論点を取り巻く課題を整理したものです。
 3つ目は「どう発信するか」であり、4つ目は、その発信を補強する要素や、留意点です。

 このようにして、■ビジネス・ゴール(BG)の設定 ■コミュニケーション・ゴール(CG)の設定 ■ 戦略の策定 ■ 戦略的インペラティブ(SI)の策定、という4ステップで、コミュニケーション戦略が完成します。
 今年の10月に開催された日本広報学会の統一論題は「グローバル時代における広報人材育成のための組織コミュニケーション」でした。このように、人材育成はコミュニケーションに携わる関係者の間で、大きなテーマとして浮上していると認識しています。そうした視点に立ったとき、ここに紹介されている戦略的コミュニケーションのフレームワークは、習得に値するスキルの一つとして、有力な候補にあがるのではないでしょうか。
 コミュニケーションに関わる方には、ぜひ一度手にとってみていただきたい一冊です。

【今回紹介した本】
佐藤玖美(さとうくみ) 『コミュニケーション・リーダーシップ 考える技術・伝える技術』 日本経済出版社 2012

下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)