“転換する会話”で顧客のロイヤリティを獲得
2016年4月6日 ジュディズ・グレーサー
あなたがビジネス・コミュニケーションの領域で働いているのなら、選ばれた一般の人々、ターゲット市場、顧客セグメントといった特定の人たちとつながりをもつことや、彼らの考え方や行動に影響を与えることによって対価を得ているといえます。そうした人々の注目を集め、声に耳を傾け、感情的なつながりを持ちたい、そして互いに有益な形で考え、感じ、行動したいですよね。
とすれば、いくつかの基本的な質問から考え始めることが多いでしょう。
“人々”とは一体誰か。彼らは何を欲し、必要としているのか。自社の製品やサービスは、いかにして彼らの欲求や需要を満たすことができるか。彼らが自社のサービスや製品を手に取りやすく、買いやすくするためには、何ができるか。顧客としての彼らに最高のサポートをしたり、自社を信頼して再び購入してくれるように働きかけるためには、どうすればよいか。彼らが自社を他の人に紹介したり、友達となってくれたり、私にイイネを押してくれるようにするには、何ができるか。
顧客とのあらゆるやりとりの核となるのが関係性であり、オンラインであれ対面であれ、会話を通じてこそ形成されるものです。この関係性なくしては、顧客との接触はせいぜい取引的なものに終わるでしょう。
25年にわたり、マーケティング・営業担当者と顧客とのやりとりの観察・記録による調査を行ってきた我が社は、3つの接触パターンを特定し、これを“会話のレベル”と名付けました。この3つのレベルを理解することで、最初の接触から長期的な関係に発展する可能性や人脈を築くといった、マーケットに対する全く新しい関わり方が開けてきます。
ケーススタディ:Boehringer Ingelheim(ベーリンガー インゲルハイム)
初期のクライアントの一社であった、グローバル製薬企業・Boehringer Ingelheim(以下BI)では、営業部門の育成・開発グループの担当となりました。プロジェクト開始当初のBIの営業担当者は、他の製薬会社に比べ、処方する薬品の決定権を持つような医師との面会ができていない、すなわち、営業成績は悪く収益も少ないという状況でした。製薬会社40社の営業部門のうち、BIは39位と、優れているとは言い難い地位にあったのです。そこで私に任されたのは、BIの営業担当者の何がこれほどの大きな障害となっているかをつきとめ、営業チームが医師と良い関係性を作れるようなプログラムを設計することでした。
BIチームと私は、新人からベテラン社員までの典型的な営業訪問の観察を重ね、会話とその結果をマッピングすることで営業のやりとりを分析していきました。特に声のトーンや、姿勢・表情といったボディランゲージなどの非言語的なサインに着目しました。
営業担当者は、製品の特性・有益性を強調する昔ながらの販売手法を教え込まれていました。つまり、面談中に医師が製品に対する懸念を示した場合、製品に関する追加情報を伝えるか、医師の心配はまったくもって重要なことではないと説得するかのどちらかで“反論は制すべし”と教えられていたのです。これは、合理的な論拠とデータの裏付けによって “反論をしりぞける”ことを目指すアプローチでした。
営業担当者は意識していませんでしたが、そもそも“反論”という言葉自体、敵対する関係を前提にしたものです。 反論を消し去ることこそが成功の証だとみなしていた彼らは、討論や説得向きの言葉遣いの達人になっていました。しかしながらこうした会話を通じて、強引に押し切られていると感じた医師たちは、抵抗感を強くしたり、できるだけ早く面会を終わらせようとしていました。医師たちは、営業担当者とのつながりを作るというより、むしろ彼らをはねつけるような非言語的なサインを出している様子が見られたのです。
BIの営業担当者の訪問を受けた医師たちは、すぐさま彼らを仲間ではなく敵だとみなすようになっていました。面会のチャンスが契約に結びつかなかったというだけではなく、営業担当者が意図せずして、医師らに同社製品の処方をとりやめるよう働きかけるといった、権力のぶつかりあいの場になっていたのです。
問題を特定した私たちは、営業担当者は“反論を制する”ことに注力するのではなく、そういった表現を全て取り除くようにすべきだとしました。営業担当者に対しては、非言語的なサインに十分に注意すること、それらがもつ影響力の大きさにもっと敏感になることで、医師とのやりとりをまったく新しい観点から捉えるように伝えました。
このプロセスを通じて、営業担当者がかつて反論と受け取っていた質問を、追加情報への単なるリクエストだとみなすよう促し、医師らの質問に対する考え方を根本的に変えられるよう手助けしました。こうした営業の新しいとらえ方によって、営業担当者は医師の反論を制することから、まず相手との関係作りに注力することとなり、両者の関係性に大きな影響がもたらされました。接触の瞬間に起きたことによって、関係性は決定付けられるのです。営業担当者が“何はともあれ(時に押し売りであっても)売ろう”とするところから、関係作りへと焦点を切り替える術を身につけると、彼らだけでなくその会社までもが”より良い治療を提供するためのパートナーである“と医師らは感じるようになりました。医師らが深くBIの担当者を信頼し始めると、BIの業績も向上していきました。
すると一年も経たぬうちに、関係者・顧客の双方が製薬業界において”最も尊敬すべき営業組織”のひとつとしてBIの営業部門を認めるようになりました。
先を見るために振り返る
30年の後、BIの営業担当者を医師のオフィスに最も歓迎される人間へと変えたものに、“対話知”と名づけました。このフレームワークによって、BIの営業担当者とあらゆる顧客との関わり方が変革され、医師たちとの面会に選ばれるトップ営業へと彼らを押し上げたのです。
会話を“分析する”にあたって、以下の3つの知見が得られました。
レベル1:取引の会話(話し、お願いする):営業担当者は、 見込み顧客に対して製品の話をし、取引を成立させようとします。
レベル2:位置付けの会話(提言し、尋ねる):営業担当者は、見込み顧客の考え方を変えるため、説得力を持って見解を示し、相手に意見を尋ねます。あまり説得的になりすぎると、営業担当者が何かを売りつけることを第一としているのだ、という不安を見込み顧客に植えつけてしまい、好奇心ではなく警戒心を引き起こしてしまいます。
レベル3:転換の会話(共有し、発見する):この場合、営業担当者は、説得するというよりもむしろ共有することや発見することにより時間を割きます。こうした方法によって、営業担当者は信頼を構築し、見込み顧客の抱える課題や強い願いを理解すべく相手の世界へ一歩踏み出すことになります。
会話の脳科学
今日では、営業・販売のみならずあらゆる環境において、人間が信頼の有無や欠如に対して非常に敏感であるということが、脳科学における数多の調査から明らかになっています。Angelika Dimoka博士を初めとする脳科学者らの研究によれば、fMRI*を用いた調査で脳の内部を視覚化したところ、信頼感は前頭葉、不信感は扁桃体と辺縁系に宿っていたそうです。
どのようにしてわかったのでしょうか。研究対象者が“信頼するか信頼しないか”を問う質問への返答を求められた際、これらの領域がスキャン中に”発光”したのです。扁桃体が過活動の状態になると、私たちは他者とつながりを感じたり共に考えたりすることができなくなります。不安や不信感によって脳の活動が止められてしまうのです。
医師らと営業担当者らが一体になったとき、医師らはかつて経験したことのないようなレベルの信頼感を覚えていました。
信頼が全てを変える
他者への信頼感を覚えたとき、私たちは心を開き、胸のうちで起きていることを共有します。不安によって、他者に胸のうちを共有しようという力が弱められる一方で、信頼感によって、心、愛情、会話は全く新しい次元へと開かれるのです。 信頼感は、脳の前頭葉の中でも、極めて高機能のものと位置づけられます。信頼感を覚えるとき、共感と誠実さ、戦略と将来の可能性を見通す能力とがかみ合い、会話は変革的なものとなり、他者と共に何かを創り上げているような感覚を抱くのです。これからの会話を想像してみてください。たったひとつ、”信頼”を変えることで、すべてを変えられるでしょう。
fMRI*:functional Magnetic Resonance ImagingはMRI(核磁気共鳴)を利用して、脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法の一つである。
ジュディス・グレーサー
ジュディス・グレーサーはBenchmark Communications Inc.のCEO、The Creating WE協会の会長を務めています。組織人類学者として、フォーチューン500に名を連ねる企業のコンサルタントを行っており、著書に”Conversational Intelligence: How Great Leaders Build Trust and Get Extraordinary Results”があります。メール、あるいはthe Conversational Intelligence のウェブサイトを通じてお問い合わせください。
原文記事はこちら:http://cw.iabc.com/2016/04/06/gain-customer-loyalty-transformational-conversations/