『 どうする?日本企業 』 三品和弘

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社内コミュニケーション・企業理念・企業文化に関わる書籍を紹介しています。今回取り上げるのは 『 どうする?日本企業 』 三品和弘です (最近のビジネス書でサブタイトルがない本は珍しいですね)。

 筆者の三品和弘さんは神戸大学大学院経営学研究科教授という肩書きを持っています。個人的に面識があるわけでもなく、著書のすべてに目を通しているわけでもありませんが、鬼気迫る 『 戦略暴走 』 東洋経済新報社, 2010の一冊で、私はその仕事に全幅の信頼を置くようになりました。それにしてもタイトルの “身も蓋も無さ” はどうしたことでしょうか・・・これはただ事ではないとの予感を持って読み始めました。

 この本は次の六章からなっています。

第一章       本当に成長戦略ですか?

第二章       本当にイノベーションですか?

第三章       本当に品質ですか?

第四章       本当に滲み出しですか?

第五章       本当に新興国ですか?

第六章       本当に集団経営ですか?

  これらの問い掛けに対する筆者の答えは、もちろんすべて 「 NO!」です。どういうことでしょうか?第一章を中心に読んでいきましょう。

 筆者がまず突き付けるのは、日本企業は 1960 年以降、売上高は伸びているものの利益はほとんど伸びず、結果として利益率を一貫して落としているという大きなトレンド、事実です。

 筆者によればターニングポイントは 1970 年代前半にありました。戦後復興の終焉です。えっ、と私は驚かざるを得ません。戦後復興といえば、はるか昔の出来事のようです。そのことが未だ尾を引いているとは、とうてい信じがたいです。しかし、筆者の見立てによれば、1970 年代前半、日本経済は高度成長期から穏やかな成長へとソフトランディングをすべきときでした。実際に1974年の 『 経済白書 』 には 「 従来のようなかたちで、高い成長を続けることはできなくなっております 」 と書かれているそうです。しかし、その時期にオイルショックに見舞われたのが不幸だったといいます。日本はその一過性の動乱に対応することに必死になり、ソフトランディングの方途から注意が逸れてしまいました。ミクロの事象に目を奪われて、マクロの課題を先送りにしたということでしょう。

 さらに不幸なことに、オイルショックからいち早く景気回復をしたアメリカが、過剰となった日本の自動車や電化製品の生産力の受け皿になりました。そして、日本は数々の輸出障壁や円高という逆風をものともせず、売上を伸ばしたわけです。それは日本企業が誇るべき、素晴らしい成果ではなかったでしょうか?しかし筆者によれば、その裏で本当に起こっていたのは、利益なき成長による日本企業の疲弊です。しかもいまに至っても、日本は未だ軌道を修正できていません。そして筆者は言います。

 《 この本で皆さんに問いたいのは、突き詰めると、ただ一点です。いまだ日本は 「 無理やり成長 」 のツケに苦しんでいるのに、相変わらず 「 成長戦略 」 の大合唱でよいのでしょうか 》

 これが経営学者の発言でしょうか?いまどき成長戦略を語らずに、株主に対する説明責任を果たすことができるとでも考えているのでしょうか?しかしながら筆者は続けます。

 《 そもそも成長目標を掲げる計画経営の発想には、根本的な無理があります。(中略)企業が価格を決めれば、どれだけ売れるかは市場に委ねるしか道はなく、逆に企業が出荷数量を決めれば、いくらで捌けるかは蓋を開けてみなければわからない。これが、その中身です。価格と数量を同時に決めることができない以上、両者のかけ算で決まる売上高は本質的に不確定な数字と受け止めるしかありません。それなのに、努力によって売上高を変えられると信じ込み、社員を数値目標で煽り立てる計画経営は、いかにも馬鹿げています 》

 さらに第二章以下では、イノベーション、品質・・・といった、日本企業が陥っている成長戦略の神話というべきもの、つまり私たちが企業活動を語る ( コミュニケーションする ) うえで前提としている、あるいは常識とされているストーリーが、実例を挙げながら次々と俎上に載せられていくわけです。そのなかで、個人的に印象に残ったものを二つ紹介します。一つは新興国について、もう一つは人材についてのものです。

 《 主力事業を海外に展開する国際化は経営戦略の有力な選択肢ですから、私もそれを頭から否定するつもりはありません。問題としているのは、「 何のために?」 という動機の部分です。 
 「 国内は成長余力がない、ゆえに新興国に打って出る 」 という立論は、理に適っているように見えますが、実は日本企業の自己都合にすぎません。「 侵攻 」 される側の視点が入っていないため、どう見ても動機が正しくないのです 》

 《 ハングリー精神のようなものにおいては韓国や中国の学生と比べるべくもありませんが、ことクリエイティビティとなると、( 日本の学生は ) 詰め込み教育に徹するアジア圏では断トツの域に達しているのではないでしょうか。
 こうして生まれつつある人材を、日本の新たな資源と位置付けない手はありません 》

 全体を通じたメタ・メッセージは明らかでしょう、「 俗論から始めるな、前提から自分の頭で考えよ 」――それだけだと私は理解しました。コミュニケーション・プロフェッショナルに限らず、いまを生きるビジネス・パースンには ( 大きな言葉になりますが ) マクロな歴史観が必須だと思います。その点で、この本はいろいろな刺激を与えてくれるのではないでしょうか。もちろん著者の辛口には、日本企業に向けての熱いエールが込められていることを見逃してはならないでしょう。

 個人的に一つだけ、筆者に会う機会があったら質問をしたいことがあります。企業の利益率が長いトレンドではゼロに近づいていくということは、世界システム論などでもいわれていることです。日本企業だけの傾向ではない、という可能性はありませんか?

【今回紹介した本】
三品和弘 (みしなかずひろ) 著 『 どうする?日本企業 』 東洋経済新報社, 2011

下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)