『地球の破綻』 安井至

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筆者は、地球のサステナビリティ(持続可能性)の観点から、順調に推移すればそれほど大きな問題にならない事柄と、解決法を真剣に考えなければ危ういものとを分けています。前者に含まれるのが、■人口問題 ■食料問題 ■廃棄物処理など。後者にあげられているのが、■気候変動(温暖化) ■エネルギー ■資源 ■生物多様性 ■雇用 などです。そして、これら後者の課題に対して、■イノベーション ■ライフスタイルの変更 ■社会システムの変更 の3つのアプローチで解決策を提言しています。このなかでは、やはり科学という筆者のバックグランドが最もいきていると感じられたイノベーションを中心に、少しその中身を紹介します。

筆者の考えるイノベーションは次の3つです。
1)化石エネルギーの限界を打ち破るエネルギー革命。
2)鉱物・金属資源の限界を打ち破る元素革命。
3)種の絶滅による破綻を回避する生物多様性革命。

たとえばエネルギー革命では、次の3つの目標を挙げ、その実現にはどのようなイノベーションが必要か、またそれは可能かといったポイントについて論じていきます。

目標(一)2030年までに、地球上のすべての人々が電力の恩恵にあっている。
目標(二)2050年までに、エネルギー使用効率が日本国内でも3倍、世界全体では5倍以上になっている。
目標(三)2100年までに、人類が排出する温室効果ガスはゼロになっている。大気中に残された二酸化炭素は、徐々に減り始めている。

ひとつ地球温暖化を例にあげましょう。温暖化は、この目標(三)に関わる事象ですが、(いろいろな気候変動をもたらすものの) 21世紀のうちにその影響が海面の上昇などといった急激なかたちで現れる可能性は低そうです。しかしながら、何も対策を施さないと、今世紀中に温暖化のメカニズムが “不可逆性” の領域に入ってしまう可能性が高いと筆者は指摘します。その限界点を “ティッピングポイント” といいますが、これを越えてしまうと、現象の(ここでいえば温暖化の)進行を止めることができなくなります。そして、その影響が、1000年後といった単位で、人類に襲い掛かることになります。それゆえ、いまのうちに対策をとることが必須なのです。

筆者の安井至さんは、1997年から 『市民のための環境学ガイド』 というサイトを運営しており、これまでの15年と数カ月は、地球温暖化をはじめとする環境問題が社会、そして企業活動の大きなテーマとなってきた時期と重なります。象徴的な出来事でいえば、京都議定書が採択されたのが1997年(発効は2005年)、日本でダイオキシン騒動が起きたのが1999年、アル・ゴア元米国副大統領の 『不都合な真実』 が発表されたのが2006年、そして2011年は東日本大震災と原発。この間ぼくはこのサイトをずっとフォローしてきましたが、その経験からその発言は信頼するに足るという確信を持っています。国連大学元副学長、東京大学名誉教授という肩書きから権威の側の人物という見方もあるようですが、たとえば3.11の前から原発のコスト構造に疑問を投げ掛ける発言をしていたことをよく覚えています。

この本の特徴は次の2つにあるといってよいでしょう。ひとつは、広範な科学的知識をベースに論じられていること。そのために、なにが重要で、なにがそうでもないのか、地球のサステナビリティの全体像について見通しのきく視点が提供されています。もうひとつは、そのうえで、どうあるべきか、という思想・哲学がきちんと述べられていることです。

その思想のコアとなるのは “互恵的利他性” という概念です。そして本書のなかで筆者が繰り返し述べていることですが、これは決して特別なことではなくビジネスの基本だということです。これとは対照的な利己的なビジネス――たとえば、一回限りの売買で大儲けをして後は逃げ出すヒット・アンド・ラン――こうしたビジネスが長続きしないのは自明であり、社会から信頼を得ている企業は、いわゆるwin-win、長期的な互恵的利他性を発揮しているはずです。こうした本来人間のシステムに埋め込まれている互恵的利他性の実践を妨げるバリアをとりのぞいて、ポジティブな人類の可能性と未来に賭けたい、というのが筆者の基本的なスタンスといってよいでしょう。当然ですが、短期的な利己的発想による “投機的取引” については、きわめて厳しい見方をしています。

そして、人間(ホモ・サピエンス)が持っている最大の知性を、世代を超えた未来へ向けての互恵的利他性の発揮である “教育” を実施することであると定義しています。実にユニークな視点だと思います。この一節を読んだときは、大きく心を動かされずにはいられませんでした。

けっこう難しい内容の本なので誰にでも勧めようとは思いませんが、サステナビリティに関心にあるみなさんにはぜひ読んでいただき、その感想を交換したいと願っています。

安井至 『地球の破綻 21世紀版成長の限界』 日本規格協会, 2012

*このテキストは下平個人のブログ(2月1日)から転載したものです。

下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)